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知られざる織田信長のファイナンス力

長篠の合戦。
1575年、織田・徳川連合が、最新兵器の鉄砲3,000丁を用いて、戦国最強と言われる武田の騎馬隊を殲滅したという、あの合戦です。

新しいテクノロジーが、それまでのやり方を無効化してしまうのは、合戦でもビジネスでも同じですね。

さて、長篠の合戦で1つ疑問があるとすれば、織田側はどうやって3,000丁もの鉄砲や火薬を手に入れたか?です。

当時鉄砲は、現代の金額換算で1丁50万円くらいするという説があります。
3,000丁で15億円。
50万円の真偽はともかく、手に入れるにはかなり大きな資金が必要ということですよね。ということは、相当な資金力がないと実現できないということです。

はたして、織田政権はどうやって資金力を持ったのでしょうか?

「織田信長のマネー革命(SB新書)」という本を読みまして、私なりにざっと理解したのは下のとおりです。

そしてそこから推測すると、起業家と投資家の関係のようなものもチラッと伺えます。

街づくりによる税収
まずは街づくり。
毎年飢饉になる時代なので、農民の年貢を引き上げるのは現実的ではない。でも、商業は取組み次第で発展させることができる。

織田政権は城をつくると、城下町を造成する。そして、城下町では商売特権の「座」を廃して、誰でも自由に商売できるようにする。固定資産税も廃す。

すると、商売する人たちが城下町に集まってくる。
賑わう、人が集まる、さらに賑わう。
そして商売が盛り上がって税収が増える。

堺の港の統治
織田信長は、自ら担いだ足利将軍を通じ、堺(大阪湾内の港)の統治権獲得に成功。

堺は中国貿易を含む商業港として日本最大。
海外の様々な物資と情報で溢れていたんだと思います。

ここで関税収入を得る。

あと、堺は、海外の武器調達目的と、敵国への物資流通の封鎖目的も。
特に鉄砲で使う火薬の原料は、輸入しないとなかなか手に入らなかった模様。堺港は全国統一をする上で、絶対に外せない場所だったんですね。

治安活動を通じて戦争税を確保
民間人にとって戦争は大迷惑。
でも一定のお金を払うと、迷惑をかけない約束をした。
他の大名も同じことをやっていたが、運用がいい加減だった。
織田は兵をちゃんと管理し、きちんと運用した。

さらに
配下の武士に、城下町での武力行使を厳しく禁止した。
関所税を廃止して、人と物の往来をしやすくした。
行き過ぎた徴税を廃止して農民や町人の負担を減らした。

「殺してしまえホトトギス」というより、
・どうしたら人が集まるのか?
・どうしたら賑わうのか?
・どうしたらお金が活発に流通するのか?
という観点で政策を進め、結果的に税収を増やした印象です。

織田政権は軍事政策と同じくらい、ファイナンス政策に長けていたんですね。

そして
恐らくですが、今井宗久などの豪商が、上記のような織田の軍事的・政治的才覚を見抜き、資金面を支援していたのだと思います。

政策=ビジネスプラン
豪商=投資家

これも想像ですが、織田は豪商と茶会を通じて自身のビジョンと政策を話し(プレゼン)、それを受けて豪商が資金を寄進し(投資)、代わりに豪商は禄高や役得を得た(キャピタルゲイン)のかもしれません。

基本的には起業家と投資家の構図と似ていますね。

テクノロジーとファイナンス。
いまも昔も、変わらぬテーマであり、変わらぬ構造。

そしてそのスタートラインはミッションとビジョンであることも、昔から変わらないのかもしれません。

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時価総額1兆円企業をたくさん輩出したい。起業家アドバイザー。起業成長のアシスト・資本政策が専門。ピースオブケイク、トレタ、クラウドクレジット、DrJOY、QON、ワンダープラネット、JARMEC、ウェルモに関与。
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